
そろそろ見頃を終えるセンノウカズラ。
15年経ち、京都から取り寄せた竹がだいぶ傷んで来ている様子。
真壁石の職人さんに作って頂いた灯篭は全く変わりなく少し苔蒸して良い感じになりました。
蹲はこの間、キッチンのリフォーム工事の際に設備屋さんに竹を変えてもらい、バルブの調節をしてもらいましたらちょろちょろといい感じに水が滴り落ちる風情があるようになりました。水の動きがなく、淀んでいると衛生面上も良くないですね。
母の困りごとは、ここに水があると孫が石を投げ入れて遊ぶこと(苦笑)
子供の発想って、考えつかないことをするので事前の対応って難しい事ですが、人様に迷惑がかからないことなら柔軟な発想を大切に意思を尊重したいですね。

巨峰は枯れる様子は今年はありませんが、青いままです。これは、やはり袋を被せないといけないものなのか?不明。
毎年、紫に色づく前に萎れてしまいます。

キッチンのリフォームの際に分電盤を取り換えることになり、電気屋さんが気付いたのですが外構にあるどこかの線が微量に漏電してる可能性があるとのこと。
奥に見える電灯が付かなかったのでこれかと思っていましたが、電球交換したところ点灯。
他に球切れしている所はないので、地下に潜っている線だと厄介です。
父が二十数年前に大規模修繕でいつも頼んでいる施工業者にしてもらったようですが、その時の工事は私は実家から離れて住んでいた頃で見ていません。
二十数年漏電していたワケでは無いと思いますので経年劣化と言えるでしょう。
今日は少し、現場で話題に上がったことを書きます。
工務店の社長や皆口を揃えて話すのは、廃材を残していく、若しくは現場が汚いといった所で職人の質が問われるということ。
仕上がりも当然、粗雑なものになりかねません。大工、左官、建具、経師、家具、塗装、設備、電気、基礎、鳶。大まかなところで職方はこのようになりますが、職人同士でも『人の仕事にケチをつけるな』というのがあって仕上がりに近い職方ほど、施工に苦労している感じがします。
昔は、棟梁が居て大工棟梁だけは最後まで現場を見ていた時代もありましたが、現在では、大工が最後まで入る現場はだいぶ少なくなったと思います。
リフォームの現場では特に墨を打たないと水平、垂直が出ないので、必ず何処かで不都合が出てくるものなのですが、墨を打たない職人も最近は居ます。
最近、他方でよく見るリフォーム失敗例の案件がこんな感じです。いくらやり直してもこれでは床の不陸や建具の不具合は治りません。
私がはじめて経験した墨出しは、ゼネコンの工事部にいた頃にNビルの高層階の来客用トイレブースとタイルの割付。
ブースや衛生機器の芯を出して半端が出ないように大型陶板を割付ていきます。自分で描いた設計、施工図を持って。
現場監督も墨出しするのですから、職人も当然出来るものだと思って居ましたが、墨打ちが出来ないのか、しない人を発見。
ですが、今は設計者側。それを指導するのは施工会社である管理者の立場なので黙って見ています。親方がちゃんと話していましたので墨は打たれました。
今はね、レーザーもあるから鉛筆でも充分なんだよ、という声が聞こえできそうですが、年季の入った職人が打った墨のほうが精度が高いような仕上がりです。
教えて頂いたのは、墨打ち(墨付け)専門の職人、墨出し大工もいるとの事。そうした専門職もあるくらいなのでやはり墨出しはとても重要であることがわかります。
いずれにせよ、建築は設計から施工まで色々な人の手が加わらないと出来上がらないものです。お互いの仕事を尊重しながらそれぞれの仕事はしっかり行うという事が必要です。
私もお手伝い頂いている方々や施工を請けて頂いている職人さん達や施工会社の協力あって良いものを作ることが出来ています。
それに、理解してくださる施主さんにも恵まれて感謝の気持ちはいつも忘れずに。